メキシコ・・・ルイス・バラガンに出会って
2004年11月10日~11月16日
メキシコシティには夜に着いたのだが、空から見た夜景の美しさに息を呑む。“宝石箱をひっくり返したような”本当にそんな感じだった。とうとうメキシコまで来たんだと感慨深い。「メキシコはいいかげんな国ですよ」とはガイドの辻さん。メキシコシティの人口も正確にはわからないらしい。2000万人と言っているが本当は3000万人くらいはいるとのこと。農村から人がどんどん流入して都市がスプロール化しているらしい。空から見た美しい夜景は地上に降りて見ると、いたるところにダイナミックな落書きがありとても美しい街とはいいがたい。メキシコ、どんな街だろう、バラガンはどんな建築だろう、明日会える・・・
ハイウエイを走っていると突然前方に色とりどりの塔が見えてきた。サテライト・シティ・タワー、建築ではなくランドマークとして建てられた三角形の塔だ。彫刻家のマティアス・ゲーリッツとの共同作品。見る角度によって形が違う。メキシコの風土を形で感じる思いがする。
最初に訪ねたのがバカルディの工場。ラム酒では世界的なシェアを持つ。ここにキャンデラの設計によるシェル構造の工場がある。他に思いがけずミースの建築にも出会う。メキシコではここだけらしい。それにしてもここはかなりの優良企業だとわかる。美術館のような美しい建築を工場として使うなんて。
いよいよバラガン、最初に自邸を訪問。「えっ、ここがそうなの?」驚くほど外観は普通。
周りの平凡な街並みにしっかり溶け込んでいる。しかし内部は別世界だ。暗く狭い空間から明るく開放的な空間へ、部屋から部屋へ進むにつれてどんどん変化する。常に驚きがあり、それでいて静寂がある。窓のとり方がそれぞれに違い、光の質が違う。大きな高窓のある書斎。こんな窓のとり方は始めて見たし、初めての経験だ。写真で見たときにはどうしても想像できなかった。天井が高く外が見えない、大きな高窓からは白い柔らかい半透明な光だけが入ってくる。何者にもじゃまされない自分だけの静寂な世界。時間を忘れそうな空間。反対にリビングルームは床から天井までいっぱいの透明ガラスでおもいっきり開放的だ。そういえばバラガンの住宅で窓から街の様子が見える家はなかった。屋上へ行っても高い壁がめぐらされ見えるのは空だけ。徹底的に外の世界を遮断している。ふと安藤忠雄の“住吉の長屋”を思い浮かべる。
次は隣にあるオルテガ邸の庭を見る。元はバラガンが住んでいた家で広大な庭がある。バラガンの寝室には一ヶ所だけこの庭を見るための窓が作られている。
次はギラルディ邸。ホールから食堂へ続く黄色の廊下、壁も天井も鮮やかな黄色だ。それは、庭に面した連続するスリットに、はめ込まれた黄色のガラスによるもの。ガラスが黄色に塗られていて射し込む光が周りを黄色に染め上げる。中庭に面していながらも庭をみせないで、長い廊下を黄色の光に染まりながら歩かせる仕掛。どんな気分になるか、今までの思考は中断し、別の世界へ行く心の準備が自然にできる。
突き当たりには青と赤の鮮やかな色とそこに計算されデザインされた光が射し込む不思議なプールがある。その横には食堂。色が水に映りとてつもなく深く見える。プールに射し込む光が時間によって変化し、水のゆらぎが光をゆらす。しかし「ギラルディさんは本当にこのプールで泳いだのだろうか?」と疑問を投げかけると、「泳いでいたようですよ」と辻さん。ここはメキシコ・・・自分の物差しで見てはいけないのだ。食堂は中庭に面していて、そこには紫の花をいっぱいにつける大きなジャカランダの木がある。バラガンはこの木を活かすために設計を引き受けたのだとか。壁はジャカランダの花の紫と同じ紫そして白、奥にはピンクの外壁の色。ギラルディ邸はバラガンの最晩年に建てられた住宅。自邸でも見られなかった色彩の豊かさだ。メキシコの風土はかなり強烈。緑はあっという間に大きくなるという。その緑の葉に色とりどりの花がとても鮮やかに映えている。バラガンのピンクはブーゲンビリアのピンク。
最後の見学地はバラガンに多大な影響を与えたというチューチョ・レイエス邸。バラガンの建築に現れる水の表現、大きな丸い玉などの装飾品と同じものを見る。
バラガンのプリッツカー賞受賞講演の中の言葉。「建築家にとっては、ものの見方を知ることがきわめて重要です。つまり視覚が理性的な分析に圧倒されてはならないということです。この機会に、その絶対的な美意識を通じて純粋無垢にものを見ることがどんなに難しいことかを教えてくれた親友、メキシコの画家チューチョ・レイエスに敬意を表したいと思います」一体、誰にも何者にも影響されずに創造することは可能なのか、自分の愛するものに刺激を受け影響されて創作意欲が湧いてくる。敬愛し、信じているから強く影響を受ける。
それにしても時差の疲れが出たのか、説明を受けながらも目は自然と閉じてしまう。興味はあるし、聞きたいし、見たいのに・・・2240mの高地のせいかかなり疲労感があり、目を開けているのがやっとの状態。早くホテルに帰って眠りたい。帰ってとにかくベッドにもぐりこみ1時間ひたすら熟睡。体力を持ち直し、期待の夕食はバラガンの流れを汲む建築家リカルド・レゴレッタ氏の設計によるホテル、カミノ・レアルへ行くことにする。この時点で2名はダウン。ホテルから歩いて行く。途中大きな道路を横切る時は排気ガスのあまりのすごさに息が出来ないほどだ。メキシコの空気汚染は有名で日本のビジネスマンはマンションの高層階に住むように指示があるらしい。現地の人は病気にならないのだろうか・・・。
ホテルには裏側から入ったのだが中に進むにつれてただならぬ気配。正面入口のアプローチ、噴水、モニュメントなど心がざわつく素晴らしさだった。入ったレストランはチャイニーズだが中華ではない、とってもおしゃれ。トイレがまた抜群のセンスということで皆夢中。「あ~あ、来てよかった」現代のバラガンに出会った気がする。
翌日は教会めぐり、キャンデラ設計の教会が3つ、バラガンのカプチン派修道院と、そして最後に今回の旅行のもう一つの目玉であるフリーダ・カーロ。その生家と夫のディエゴ・リべラと一緒に住んだアトリエ兼住宅の見学。設計はファン・オゴルマン(メキシコ国立自治大学図書館壁画の作家)。バラガンはフリーダやディエゴとも親交があったらしい。
カプチン派修道院は、教会とは違い誰でも入れるわけではない。しかし行って見てここを見ないで帰ったら大変なことだったと感じる。あんなに美しく精神的な空間は他にみたことがない。バラガンの晩年の作品で、お金は要らないから好きなように建てさせて、と言って建てた建築とのこと。時間によって光が変化し、色彩が変わる、祈りの姿勢でそこにいると、不思議な気持になる。刻々と変化する空間から目が離せない。帰りを促されなかったら、いつまでも佇んでいたいと思った。これをみるために私はメキシコに来たんだと感じる。人は見たもの、感じたものから影響を受ける。しかしそれを昇華させて自分のものにして形にできればそれはオリジナルになる。どれだけ深く感じるか、影響を受けることが幸せに思う。初日に見た自邸にバラガンの精神性がよく現れていたと思う。そしてこの修道院。「静けさに満ちあふれた住まいを作ることは建築家の使命なのです」 バラガンの建築は実際に見ないと分からない。「建築において探求すべきはエッセンスであってフォルムではない」写真ではエッセンスが伝わらない。
メキシコに来る前に映画“フリーダ”を見た。フリーダ・カーロの生家は、波乱の人生を送ったフリーダが最後も住んだ家。鮮やかなブルーとピンク、グリーン、そして椅子の黄色が美しい。生家はまさにメキシコの家だ。ディエゴと住んだ家は近代建築。フリーダとディエゴのそれぞれの家が屋上の渡り廊下でつながっている。安全とはとても思えない階段を通って行き来する。その意味するところは何だろう。
夕食は“地球の歩き方”に載っていたフィエスタ・アメリカーナのホテルに決定。地図をみると昨日行ったカミノ・レアルの近くではないか。2人が行っていないこともあり、食事のあとに再度訪問。やっぱりステキ。これが1962年に建てられたとは信じがたい。東京にだってこんなおしゃれなホテルはナイヨと思う。
メキシコは1650年代にスペインの植民地となって何度も独立への闘いをしながら、最近も国土の1/3をアメリカに盗られてしまう戦争をしている。最終的に今の形になったのはつい最近のこと。メキシコは支配され、戦いつづけてきた国なのだ。人種的にはインディオとスペイン人の混血が多いのだが、上層の人種はやはり白人だ。ここのホテルにもおしゃれな人が多い。一方では最低賃金500円、あるいはそれ以下で生計をたてている人も多いという。その貧富の差のあまりの激しさに言葉を無くしそうだが、街で出会った人は明るく人なつっこい。